2013
10.12 — 12.23
没後1年 宇佐美圭司
最後の大作<制動・大洪水>(600号)に出会う
1940年大阪に生まれた宇佐美圭司は、高校卒業と同時に上京し画家をめざします。若干23歳にして伝説の画廊となった南画廊で初の個展を開き、 以後1967年のパリ青年ビエンナーレの日本代表、1970年大阪万博での 鉄鋼館美術監督、1972年にはヴェネツィア・ビエンナーレ日本代表、と時代 を先導して疾走します。そうした活動の原点になったのは、1965年「ライフ」誌 に掲載されたロスアンジェルス・ワッツ地区の黒人暴動の写真です。宇佐美圭司はそこから抜き出した4つの人型(走る、屈む、踞る、投石する)を 用いて、それ以後のすべての作品を制作するよう自決したのです。その持続を25年間見て辻井喬はこう述べています。「彼がこのように禁欲的 であるのは何故か。勿論、歌わないためにである。最も豊かに歌の旋律を 持った男が自らに歌を禁じたのである」と。それからさらに20年を過ぎた昨年10月の惜しまれた死まで、宇佐美圭司の決意は揺らぐことはありま せんでした。宇佐美圭司は「絵が好きだから画家を志したというのではない。描くことは好きだったが、それは歴史に参入するという意識とは別だ。私はかなり自覚的に自分の生のスタイルを選び取った…」と 晩年に記しています。この冷静に聞こえる言葉こそが宇佐美圭司の歌で あり、また宇佐美圭司の絵画とは(実は) 歌うための装置として自覚的・ 禁欲的に追究したものだったのかもしれません。最後に完成した大作 <制動(ブレーキ)・大洪水>の前で耳をすませて頂きたいと思います。
展覧会情報
- 会場
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セゾン現代美術館
- 会期
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2013年10月12日-12月23日
- 主催
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財団法人セゾン現代美術館