サム・フランシス
無題 WC 0011
- 作家名
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サム・フランシス
- 制作年
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1963
- 素材・技法
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グアッシュ/紙
- サイズ
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210.0×90.0cm
- 収蔵番号
-
FS-007
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© 2026 Sam Francis Foundation, California / ARS, N.Y. / JASPAR, Tokyo B6362
サム・フランシスは1960年代初頭から、青を基調とした作品を描くようになり、《Blue Balls》シリーズを展開し始めました。細胞のような有機的な球体は、液体のように形を変えながら、白い宇宙を浮遊しています。フランシスが「Saturated Blue(飽和した青)」と呼んだ、最も純粋で鮮やかな青によって描かれていた《Blue Balls》シリーズですが、本作では青に加えて、緑、赤、黄色、紫といった色彩も含まれています。ストローク、滴り、飛沫によって色彩が画面に広がり、白い余白を浮かび上がらせています。白い「空」は、無限に広がる空間を想像させますが、よく見ると薄く青が混ざり、青みを帯びた白であることに気づきます。球体の青が溶け出し、「空」と混ざり合っていくような形態や空間の可変性、さらには色彩や形態の触感さえ感じられます。球体の周囲に広がる青い飛沫は、それぞれの球体をつなぐ繊細な線のように張り巡らされています。 1957年に初めて日本を訪れたサム・フランシスは、その後1960–61年に再び来日しました。この滞在中、東野芳明、武満徹、大岡信、大江健三郎、荒川修作、堂本尚郎、宇佐美圭司ら、日本の美術・文学・音楽の関係者たちと親交を深めました。しかし、東京の南画廊での個展に向けて《Blue Balls》シリーズを制作していたさなかに腎結核を患い、1961年1月に日本を離れることを余儀なくされます。こうした闘病の経験を背景に、本シリーズには「Blue Balls」という言葉が持つ「満たされない感情」や抑圧された感覚も重ねられているのかもしれません。療養後、1962年頃にサンタモニカの新居に落ち着くと、フランシスの作品には再び鮮やかな色彩の組み合わせが現れるようになります。またこの時期には、球体ではないものの、赤を基調とした作品も数点制作しています。本作では、右上に赤を含んだ小さな透明な有機体が、左下に濃い青の球体が見られ、さらに赤と青が混ざり合った紫も確認できます。「空」の中に浮かぶこれらの有機的な形態は、細胞や臓器のようにも、また官能的あるいは原初的な生命のかたちのようにも見えるでしょう。
サム・フランシス
- 作家名
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サム・フランシス
- 制作年
-
1963
- 素材・技法
-
グアッシュ/紙
- サイズ
-
210.0×90.0cm
- 収蔵番号
-
FS-007
-
© 2026 Sam Francis Foundation, California / ARS, N.Y. / JASPAR, Tokyo B6362